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虎渓山(161m) (弁天町交差点→虎渓公園→弁天町交差点) 登山日:2003年9月13日 登山口:岐阜県多治見市
天候:快晴 テーマ:火災後の虎渓山永保寺 ガイドブック:なし 同行者:単独 時間記録:行き……25分、帰り……20分 (標準コースタイム:行き……25分、帰り……20分)
![]() 【虎渓山永保寺の火事】 9月10日の夜、虎渓山永保寺の本堂と隣接する庫裏・天厨院の二棟が全焼した。小生は帰りが遅かったので火事のことは翌朝に知ったのだが、多治見市一番の観光名所で小生自身のお気に入りの場所なので信じられなかった。永保寺の紅葉は見事なのでこれから楽しみにしていた人も多いはず。非常に残念だ。 本日は焼けた場所の様子を見てこようと思ったが、現場検証などが行われているようで永保寺の参道から立ち入り禁止になったいた。虎渓山の散歩記録だけ載せておく。 【虎渓山永保寺】
【洞窟???】
【神明神社】
【等高線壕工法】 神社から舗装道路に戻るがそのまま「みんなの森を大切に」と書かれた看板の方に直進した。ここからは遊歩道となる。 虎渓山も以前は陶土の採掘及び陶器の製造のため燃料となる山林の伐採が行われていた。そのため少量の降雨によって土砂が流れ出す恐れがあり、放置すれば大変危険な状態となることが心配されていた。そこで土砂の流出を防ぐとともに、森を蘇らせるために多治見工事事務所(現多治見砂防国道事務所:HPはこちら)ではアメリカ・ユタ州の禿山に施行されていた等高線壕工法(ごうこうほう)を昭和27年当時に日本で初めて虎渓山に取り入れた。 等高線壕工法とは禿山などにおいて,雨が降った時にできるかぎり多くの雨水を山の斜面に溜めて吸収させたうえ、土砂の流出を防ぎ、森林の生育を可能にする工法のことをいう。実際、山の斜面に間隔を置いて等高線状に溝が掘ってあり、低い仕切りが設けられていた。
【虎渓山一号古墳】 階段のある道と交差するが、そのまま直進すると舗装道路に出る。途中で多治見市街がちらっと見えた。虎渓公園方面に向かうと青少年ホームが右に見え、左手に虎渓山一号古墳がある。古墳のあるフェンスの中には入れないと思っていたが簡単に入ることが可能だった。ただしフェンスの中にある柵の中には入ってはいけない。古墳は発掘された状態のまま残っていた。
【虎渓公園】 永保寺を見ようと東参道に向かうと「通り抜け出来ません」の看板とロープが張ってあった。虎渓公園を過ぎて正面の参道に行っても同様。警察による現場検証が終わるまでは立ち入り出来ないようだ。火事の被害状況をこの目で見たかったが仕方がない。
【石仏群】
【下山】 少し先にある階段の道から一直線に降りると多治見社会保険事務所にたどり着いた。右に行って弁天町交差点に戻った。他のスーパー低山でもそうだが、虎渓山も道が多数あり楽しい。
【総評】 ・虎渓山永保寺の紅葉は見られるのだろうか。 |