池田富士(370m)・池田(点名)(215m)(池田不動→(林道月見線)→池田(点名)→(月見線)→(富士見林道)→池田富士→(月見林道)→池田不動)登山道地図はこちら登山日:2004年2月8日 登山口:岐阜県多治見市 天候:晴れ テーマ:探検的登山 ガイドブック:なし 同行者:単独 時間記録:(*)移動には自転車利用
【池田富士について】 多治見図書館で多治見市の自然探訪関連の本を読みあさっていると、ところどころで「池田富士」の言葉が目に入る。絵地図から廿原地区の方にあることは分かったのだが、場所の特定ができず困っていた。以前からどの山かな〜と意識して地元の人に聞いたり文献で調べたりしていたが、結局場所が特定できなかった。山名の由来は富士山に似ているという山容そのものであろうから、廿原地区から綺麗に見える370mピークが怪しいと思い、本日はそのピークを目指すことにした。 山頂には山名プレートがなかったが、登山口には立派な鳥居と道しるべ、山頂には祠と石仏があり、改めてこの370mピークが池田富士であることを確信した。後日市役所で確認し、今回登った山が池田富士であることが分かった。池田地区は下街道で栄えた地区であるし、古くは山岳信仰の対象としてよく登られていたのかもしれない。もしそうであれば知る人ぞ知る(隠れた)名山ということになる。 またこの山の所在地は多治見市富士見町である。池田富士が見られる場所ということで「富士見町」という地名が付いたのかも知れない。池田富士に関する文献が見つからなかったので詳細は全く分からないが、想像は膨らむばかり。 【林道月見線】
【池田不動】 大通りから細い道に入ったらすぐに池田不動がある。池田不動の見事な層塔の上には池田勝入斎源信輝公のお墓と解説板がある。 池田稲荷も非常に見ごたえがあるが、何度も行っているので本日はパスした。
【池田城跡】 ヘアピンカーブのところに小広場がある。案内板などは全くないが、多治見市教育委員会の資料によると、この辺り一帯がどうやら池田城跡のようだ。多治見市長だった日比野氏の銅像がある。木々が無かったら展望は抜群であろう。
【四等三角点「池田」】 Jフォンとドコモのアンテナ鉄塔を見て林道をどんどん登っていく。ギアがたくさんついている自転車なので坂道だが降りずに登ることができた。自転車登山は良い筋力トレーニングになりそうだ。 登りきるとしばらくなだらかな道になり、アップダウンを繰り返すとツーカーとKDDIのアンテナ鉄塔が現れる。四等三角点の「池田」はツーカーのアンテナ脇のピーク最高点にあった。
【グランドと池田富士】
【ゴミ処理場】
【林道富士線】 途中で林道富士線に入り、終点林道ゲートが池田富士の登山口である。T字路になっていて、右にいくと配水池がある。このT字路には数台の車が駐車可能。時間があるので配水池まで行った。配水池の裏手からの展望はなかなか良かった。
【池田富士登山口】 T字路のゲート(車止めの鎖というべきかも)から地道になる。荒れていないので自転車も一緒に連れていった。鳥居と道しるべがあるところがあり、ここが池田富士の登山口となる。道しるべには「右 いせ、左 廿原」と書かれていた。下街道が栄えていた時期の道しるべと思われるが、『多治見市内の石造物目録』で調べても作成時期は不明とされているので、本当に下街道が栄えた頃の道しるべかはどうか分からない。鳥居は昭和50年作成と書かれていた。
【登山道】 池田富士は池田町屋公民館が管理?しているようである。登山道では「池公」と書かれた石杭がところどころで見られた。また、きのこが取れるようで、入山禁止の紙やスズランテープがたくさんついていた。
【池田富士山頂】 山頂には祠と壊れた石仏があった。山頂プレートなどは一切ない。展望は周りの木々のためほとんどなかった。石仏は頭と両手が壊れ落ちていて、気の毒だった。先述した『多治見市内の石造物目録』にも記載されていないので、発行された昭和50年8月以降に作られたものかもしれない。
【林道走り】
【総評】 ・登った山が池田富士だと確認できてよかった。教えてくださった市役所に感謝。 ・歴史のある山のようなので、機会があれば下街道との関係を調べてみたい。池田町屋公民館の資料館(会館?)にもぜひ行きたい。 【おまけ】 全国の「○○富士」と呼ばれる山を集めてまとめたホームページが多数ある(たとえばココ)。池田富士はどのページにも載っていないと思う。富士山マニアにも知られていない多治見の富士山に登れて、ちょっとうれしい(^^)v 近いうち笠原町の笠原富士や土岐市の妻木富士にも登りたいと思っているが、こちらも資料が少なくて登山口などがよく分からない。 |